忠義を貫いた関羽は中国が誇るスター?初心者のための三国志【第二部】

名前は聞いたことはあるけど、意外と内容までは知らない三国志について調べてみました。関羽かっこいいですね。忠義を尽くすことは今も昔も成功への条件なのかもしれません!

三国志を全く知らないあなたへ贈る記事、第2回目になります。

今回は三国志に登場する武将の面白いエピソードを紹介していきます!

 

過去の記事はこちらからどうぞ↓

 

髭面のおじさん「関羽」?

先ずはこちらのエピソードをご覧ください。

毒矢を受けた際、骨にまで毒が染み込んでいた為、肘を切開して毒が染み込んだ部分を削り取らせた事があったが、宴会の最中であったにもかかわらずその場で切開させ、痛むそぶりも見せずに酒や肉を飲食し、平然と談笑していたという。

引用:関羽 – Wikipedia

 

相当豪快なエピソードですね!

痛むそぶりも見せず談笑するとは、相当痛みに鈍感だったのでしょうか?

 

関羽は「蜀」の国の武将で、トップ劉備のナンバー2として活躍した武将です。

後に神格化され、現在まで非常に人気な武将の一人となっています。

 

またこの関羽に関しては、最近ありえないくらい大きい銅像が建設されたりしていて、その人気ぶりが伺えますね!

 

この場所は、関羽が戦で戦果を挙げたゆかりの場所だそうです!

 

「忠義」を大切にした関羽

この関羽が人気な訳は、どこにあるのでしょうか?

そのヒントは次のエピソードにも現れています。

 

200年、下邳(かひ)城を守っていた関羽は敵軍である曹操(そうそう)に

生け捕りにされてしまいます。

曹操はかねてより、関羽のような優れた武将を配下に迎えたいと思っていたので

たいへん厚遇します。

関羽には義兄弟である劉備(りゅうび)のもとを離れるという選択肢はありませんが、

曹操の関羽を上にも下にも置かないような待遇に恩義を覚えます。

そこで曹操のもとで戦って武功を立ててから、

義理を果たして劉備のもとへ帰ろうと思います。

引用:https://hajimete-sangokushi.com/2015/04/16/post-2132/

 

そこで実際に曹操に恩義を返した関羽は5つの関所を突破し、劉備のもとへ帰るのでした。

 

関羽の上司「劉備」

関羽が、厚遇してくれた曹操のもとを飛び出し、千里の道を突破してまで、恩義を尽くそうとした人物が「劉備」です。

劉備と関羽は義兄弟として、中華統一を目指していました。

(もう一人張飛という人物が義兄弟としているのですが、ここでは割愛します。)

この記事によれば、思ったより「大したことのない」人物であったようですが…

 

次回はこの劉備という天才?について、ご紹介していきます!

次回記事はこちら↓

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