お寿司ってどう生まれたの?みんな大好きお寿司の秘密

みんなが大好き。筆者も大好きなお寿司の文化をまとめました。押し寿司や握り寿司の分化など、意外としらない寿司の魅力がいっぱいです。

すし

みなさん、お寿司は好きですか?

私は大好きです。

 

しかし、ふとした拍子に考えたことは無いでしょうか。

「寿司を最初に食べた人は誰なんだろう?」

「寿司を発明したのは誰なんだろう?」と。

 

今回はそういった寿司のルーツに鋭く迫っていきたいと思います。

 

 

寿司の原点

 

寿司は酢飯を握り固めた上に魚などのネタを乗っける握り寿司の形で生まれてきたわけではありません。

寿司の原点となるのは今で言う「なれずし」であったと考えられています。

 

なれずし(熟れ鮨(鮓)、馴れ鮨(鮓))は、主に魚を塩と米飯で乳酸発酵させた食品である。

現在の寿司は酢飯を用いるが、なれずしは乳酸発酵により酸味を生じさせるもので、これが本来の鮨(鮓)の形態である。

現在でも各地でつくられている。現在の主流であるにぎり寿司を中心とした早ずし(江戸前寿司)とは全く違う鮨(鮓)である。

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/なれずし

 

おしずし

引用:https://ja.wikipedia.org/wiki/なれずし

 

なれずしは一種の健康食品として、発祥の地であったとされる

東南アジアから中国、そして日本へと伝播していきました。

 

おそらく縄文時代の後期に稲作と共に伝わってきたと考えられています。

すしは日本においては中国に負けないほどに愛され、年貢として納められたという記録が残っているほどです。

 

寿司の誕生

 

すし

引用:http://art-douraku.seesaa.net/article/404628442.html

 

①室町時代

室町時代以降に入るといよいよ私たちの知っている寿司が姿を現してきます。

 

乳酸発酵を行って作るなれずしは、食べるまでに数ヶ月以上掛かってしまいます。

その為、発酵がまだ充分進んでない米が原型を留めているうちに

なれずしを食べるようになり、酢が工業的に作られだした時代には

乳酸発酵による酸っぱさを酢で代用するようになっていきました。

 

 

②江戸時代

江戸時代になると、今の東京あたりの地域では、握りずしが愛されるようになっていきます。

 

川柳に「妖術と いう身で握る 握り寿司」

と歌われたように、握り寿司は妖術使いが結ぶ手印のような動きで瞬く間に

寿司を握って作ることから気の短い江戸っ子たちに愛されていきました。

 

この握り寿司を発明したのは「與兵衛寿司」を興した

華屋與兵衛であると伝えられています。

 

与兵衛の石碑

引用:http://www.gingerapp.co.jp/blog/両国通信第8号---華屋与兵衛と両国--/

 

握り寿司の発明はやがて、関西の押し寿司文化と関東の握り寿司文化という形で

寿司文化が今にわたって二分していくことになりました。

 

≪押し寿司≫

(有名な柿の葉寿司です。)

 

≪江戸の握りずし≫
寿司持つ女

引用:http://edo-g.com/blog/2015/11/sushi.html/matsu_no_sushi_kuniyoshi_utagawa_l

 

寿司の値段

 

天保(1830~44)末頃のすしの様子と値段を次のように記録している。

・箱押しずし(方四寸)960円。

・コケラずし(鶏卵焼、あわび.鯛等)1280円

・毛ぬきずし(握りずしを熊笹に巻く)1個120円。

・稲荷鮨が、1人前で120円。

・握りずしの価格

鶏卵焼、車海老、海老ソボロ、白魚、マグロサシミ、コハダ、アナゴ甘煮長のまま。

以上の価格 160円也、玉子巻は320円ばかり也。

引用:http://www.uotakesushi.com/sushinorekisi11.html

 

意外にもそこまで高くなかったんですね。

お寿司は昔から庶民に慣れ親しんだ食べ物だったみたいです。

 

 

いかがでしたか。今回のお寿司の歴史。

「なれずし」からはじまって、いろいろ形を変えていきました。

普段私たちが、口にしているものにもいろいろな歴史があるんですね。

 

この記事が気に入ったら
いいね!しよう


コメント

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です