信じるのは「占い」の力!女王「卑弥呼」ってどんな人?

邪馬台国の女王「卑弥呼」。人物像・邪馬台国の場所・死亡説など謎だらけの女王について。

邪馬台国の女王「卑弥呼

占いが高じて国をまとめるという何とも謎にみちた人物ですよね!

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引用:http://r-ijin.com/himiko/

 

卑弥呼(ひみこ)の人物像

出生地:不明
生年:不明
没年:不明(少なくとも247年までは生存の記録あり)
享年:不明
時代:弥生時代
別称:邪馬台国女王、親魏倭王

引用:http://r-ijin.com/himiko/

 

それでは、中国の歴史書「疑似倭人伝」の記述を参考に、卑弥呼について読み解いていきましょう!

 

卑弥呼に関する記述

弥生時代の頃はまだ100くらいの小国から成り立っており、その中心であった邪馬台国も30ほどの国からできた連合国でした。

 

- 「疑似倭人伝」より卑弥呼関する記述 -

・鬼道(占い)で民衆を惑わした
・結婚していなかった
・政治をサポートする弟がいた
・宮殿の周りを武器を持った兵が守り、1,000人もの召使いがいた
・難升米(なしめ)と呼ばれる男性が卑弥呼を助け、魏(中国)にも派遣された

引用:http://tacchan.hatenablog.com/entry/2013/03/22/072037

 

卑弥呼の占いの力

 

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引用:http://blog.goo.ne.jp/c-rodience/e/f095caf03160f47b3ee6923a1cc73d1a

 

大雨や台風の予言ができたため、大豊作となった時は、卑弥呼の元にいちばんに米が届けられたと言われています。

 

魏国(中国)への外交

239年、卑弥呼は魏の皇帝へ使いを送ります。

そして金印、銅鏡100枚などとともに「親魏倭王」の肩書きをもらい、卑弥呼は日本の王として認められたのです。

 

最近では、3Dプリンターで復元された「卑弥呼の鏡」は〝魔境゛であったと発表されましたね。

古代の鏡、「卑弥呼の鏡」を3Dプリンターで復元!

引用:http://3-d-craft.com/press/2475

 

邪馬台国とは?(九州説と近畿説)

「邪馬台国 場所」の画像検索結果

引用:http://blogs.yahoo.co.jp/kobe_tasogarematsu/26852462.html

 

九州説

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引用:http://y-ta.net/gishi-wajinden-2/

 

・魏志倭人伝の記述内容と特徴が似た「棺」がたくさん見つかっている。(上記写真参照)
・邪馬台国と対立していた近隣国が九州地方にあったため。

引用:http://y-ta.net/gishi-wajinden-2/

 

・九州地方よりも大量の銅鏡が見つかっている。
・近畿地方に邪馬台国が存在していた場合、4世紀に登場する大和朝廷につながるのは自然の流れ。

引用:http://y-ta.net/gishi-wajinden-2/

 

卑弥呼の死と墓

 

 「疑似倭人伝」より卑弥呼死亡に関する記述

“卑弥呼、以て死す”という記述を最後に、卑弥呼の姿は消えた。
老衰死、暗殺、病死など、死因は解明されていない。

引用:http://news.livedoor.com/article/detail/7448069/

 

奈良県の「箸墓古墳」が有力視されている。

死亡時期と古墳が作られたのが3世紀中頃と重なり、箸墓古墳が大型前方後円墳であることから、

巨大な権力を持った卑弥呼の墓にふさわしいとされている。

引用:https://retrip.jp/articles/23924/

 

いかがでしたでしょうか?

読みやすい漫画を取り入れながら、勉強するのも良さそうですね!

 

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