義足は技術ドーピング!? パラリンピックと障がい者スポーツが秘める可能性
目次
パラ競技は五輪競技に劣る?
みなさんはパラリンピックに対してどのような印象を持っているでしょうか。
障がい者の人たちがハンディキャップを抱えながら頑張っている、ずばり言ってしまうと、健常者の競技よりもレベルで劣るものだと考えている人もいるのではないでしょうか?
もちろんパラ競技はパラ競技の面白さがあるわけなので、どちらが上だ下だなどという話をすること自体あまり適切なことではないと思われます。
しかし、
実は記録という意味でも必ずしもオリンピックの方がパラリンピックよりも優れているということはなくなっている
のです。
パラ選手の記録が五輪の金メダル記録を超えた!
ドイツのパラ走り幅跳び選手に、
マルクス・レーム
という選手がいます。
レーム選手はかつてウェイクボードの選手でしたが、その練習中の事故で右脚の膝から下を切断することになってしまいます。
その後義足をつけてウェイクボードに復帰したのち、走り幅跳びに転向しその才能を開花させました。
このレーム選手、2018年の大会でパラ走り幅跳びの世界記録となる「8m48」という記録を叩き出しています。
この記録がいかにすごい記録かということは、過去のオリンピックの金メダル記録と比較すると一目瞭然です。
・北京オリンピックで金メダルを獲得したパナマのサラディノ選手の記録は「8m34」
・ロンドンオリンピックで金メダルを獲得したイギリスのラザフォード選手の記録は「8m31」
・リオオリンピックで金メダルを獲得したアメリカのヘンダーソン選手の記録は「8m38」
ご覧のように、
レーム選手の出したパラ走り幅跳びの世界記録は、オリンピック過去3大会の走り幅跳びの金メダル記録を10センチ以上も上回っている
のです。
パラ選手がオリンピック選手の記録を上回った例はこのレーム選手だけではありません。
リオパラリンピックの陸上競技、
男子1500メートルの視覚障害(T13)部門の上位4選手全員の記録がリオオリンピックの金メダル記録を上回った
のです。
T13クラスの視覚障害は伴走者を必要としない、比較的軽度な障害を持った選手が対象のクラスではありますが、パラ選手が五輪選手の記録を上回った例としてはとても印象深い出来事でしょう。
義足はテクニカル・ドーピング?
パラ選手の記録が五輪選手の記録に迫ったり上回ったりするようになったことで、パラ選手がハンディキャップを補うために使う道具は
テクニカル・ドーピング(技術的なドーピング)
なのではないか、という議論が起こるようになってきました。
つまり、
レーム選手の記録は義足の性能が普通の人間の脚の能力を上回っているから達成された
ものではないか、という考え方が出てきたということです。
これについて元陸上選手でオリンピック出場経験もある為末大さんは、
「賛否は半々くらい。例えば、走り幅跳びでは(生身の)足首がないと加速に不利だが、ジャンプの瞬間は(義足の)カーボン繊維の反発で有利に働く」(※1)
と語っています。
為末さんの言う通り義足であることが有利に働く部分はあるでしょうが、それが「ドーピング」なのかというのは非常に難しい問題です。
そもそも健常者でも個々人で身体の構造や能力は違うわけで、一体どの程度の性能の義足であれば「普通」の人間の脚と同等だと言えるのかという問いに答えを出すのは不可能であるようにも思われます。
であれば、これからの世の中にとって必要なのは、
このように健常者と障がい者に切り分け、数字という共通の尺度でその優劣を比較することではなく、それぞれにあるよさに目を向けていくこと
なのではないでしょうか。
英語で障がい者は「disabled」という単語で表されます。
「disable」とは「できない」という意味です。
程度の差こそあれ、苦手なこと、できないことは健常者にもあるものです。
むしろ今後は逆に、
義足のような障害を補う技術の進歩によって「障がい者」にしかできないことというのも増えてくるかも
しれません。
これから子どもたちが生きていく未来の社会をよりよいものにするためには、
障がい者や健常者という枠にとらわれすぎず、それぞれができることとできないことを補い合っていくことが必要
なのではないでしょうか。
(※1)村上万純『義足で世界記録は“ずるい”のか? 「テクノロジーで身体拡張」 為末大さんらが議論』(ITmedia)