幕末の志士たちと「演歌(えんか)」の意外な関係

先日は参議院選挙でしたね。あなたは選挙、行かれました? N国やれいわ新撰組が議席を撮ったことは結構びっくりしました。 さてさて、いよいよ夏到来ですね!夏といえば、花火、海、プール、スイカ、そして8月には盆踊り。盆踊りに流れてくる曲には演歌調のものも多くあります。 実は、この演歌と選挙、深い関わりがあるって知っていますか?


サムネイル_演歌と選挙

今日のネタ結論

演歌は、選挙ー普通選挙権の獲得活動の始まりとなった自由民権運動の際に
演説を歌にのせて主張した 演説歌―演歌がそのルーツなのです。

演歌のはじまり

明治初期、徳川の世が終わり、天皇を中心とした新しい国づくりが進む中で「徳川が薩長に変わっただけじゃないか」と不満を持つものも多くいました。そのものたちは、壮士(そうし)といわれ、街中に繰り出し、かなり激しい口調で政府批判の演説を行いましたが、演説に対する警察の取り締まりがきびしくなってきため、歌にのせて主張をつたえることをしはじめました。

これが、-演説歌-演歌とよばれるようになります。それが時代を経るにつれ変遷していき、明治後期からは心情を主題にした社会風刺的な歌が、歌われるようになり、大正時代には政治色はなくなり、大道芸として街角でバイオリンなどの伴奏で歌われる「流行歌」を言うようになります。

演歌の変遷

サムネイル_歌謡曲
昭和初期になると、日本の流行歌のことを「歌謡曲」と呼ぶようになり、「演歌」という言葉は消えていきました。終戦後から高度経済成長期に差し掛かることになると、歌謡曲は洋楽の影響を受け、ポップス系と日本調のムード系と、大きく2つの流れができるようになっていったのです。

この頃になると、それまで全般的に哀愁を帯びた日本的な歌謡曲が「演歌」と呼ばれるようになり、現在まで、このような歌のことを「演歌」として定着しました。

一方、政治批判的なメッセージソングはフォークソングなどの形態を取ることが多くなり、演歌は男女間の情念等を取り上げた曲が多くなりました。

サムネイル_歌謡曲

また、ある意味「演歌」という言葉は、なまめかしく、あでやかであるさまの「艶」 という字をあてた「艶歌(えんか)」や、男女間などのうらみ節(ぶし)を取り上げたものも多いため、「怨み」という字をあてた「怨歌(えんか)」という表現で表すほうが適切だという人もいます。

言葉のルーツは、面白いですね。

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